星ひとつ。

パーソナリティ障害の『A』をめぐる、愛と葛藤の奇妙な冒険。

幼い『悪い自分』、大人の『良い自分』

愛情とは、相手の感情を受け入れ、認めてあげること。

 

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初めは訳がわからず読んでいたパーソナリティー障害の本も、何度も何度も読むにつれ自分なりに自分の言葉で理解出来るようになってきたのではないかと思います。

 

この障害の顕著なところは、1人の人間の中に、2つの異なる人格がそれぞれ異なる性質を持って形成されているところにあります。

 

それは、親から愛されず悲しみを解消出来ないまま取り残された『子供の自分』と、もう既に成長した『年相応の自分』です。

 

通常の愛情を受けて育った人は成長するにつれ、この分裂していた人格が徐々に合わさっていき1つの人格として作り上げられます。(なので自分には悪いところもあるし、良いところもある。そしてそれは、他人もそうである、という判断が出来るようになります。)

 

しかし、子供の頃受けた悲しみや孤独感、絶望感を解消出来ないまま大人になった場合、その感情は永久に満たされない状態でその人の感情を支配します。

そしてそれは、何かの拍子(不安、怒り、不快感など負の感情)に、突如として、まるでその感情と連動するように発露されることが多々あります。

 

この時の彼というのは、正直人の話を聞ける状態ではありません。

 

まさに人格が感情に支配されて、理性が片隅に追いやられているように見えます。

 

小さい子供なら力で抑えることが出来ますが、相手は一応成人している男性です。

 

こうなるとただ危害を加えられるだけなので、物理的な距離を取る以外相手を鎮める方法はありません。

 

そして数日後、彼は何事もなかったかのようにまた連絡を取り始めます。

 

彼と話をしていて感じたことは、人格が定まっておらず、一体私は誰と話しているのか、という感覚が今でもあるということです。

 

話しているのは確かに今いる『大人の彼』なのに、言葉はどこか他人事で性格を窘めても自覚していないような態度さえ感じます。

ある意味、実態はあるのに中身がない『亡霊』と話しているような感覚です。

 

以前に自分が言った言葉も覚えていないことが多く、それについて意見を求めると『覚えていない。』の一点張りで、またあの感情に支配される『ゾーン』に入っていきます。

 

感情のコントロール出来ないことで当然彼の周りには人が留まることがありません。

 

残るはそれほど関わりのない他人に近い知り合い、もしくは感情のやり取りの必要のない会社の同僚だけです。

 

 

それが空虚感と自己否定感を生み、さらに自傷的に自分を追い詰める行動へ繋がるのです。

 

 

この障害は本人にとっても、その周りの家族や親しい友人にとってまさに無間地獄と呼べる存在です。

 

 

 

と、いうか、

 

 

まず、『パーソナリティー障害』ってなに?
ということから。


わたし自身も数ヶ月前まではそんな病名はおろか、そんな人がこの世の中に存在していること自体知る由もありませんでした。


『なんか少し変わってる人』というくらいで
気にも留めませんでしたし、初見では、恐らく「あ、この人はパーソナリティー障害だな!」と、感じ取ることは、まずもって無いかと思われます。


それ程この障害は判断が難しいことと、ともすれば自分の周りにいる身近な人が実は『かなり厄介な人』である可能性もあるのです。


わたしも専門的に勉強したり、直接医師の見解を仰いだわけでもないのでざっくりとした説明とはなりますが、今までに読んだ本の中から分かりやすそうな症状を抜粋してみました。


・離れたくない『見捨てられ不安』
・良い/悪い・白/黒しかない世界『二極化』
・生きてる感じがしない『空虚感』
・自分が自分じゃないみたい
『不安定な自己像』
・めちゃくちゃ過ぎて皆んな付いていけない
『不安定な対人関係』
・突然キレる『不適切で激しい怒り・癇癪』


※その他自己破壊的な行動(リストカット過食嘔吐、浪費など)、ストレスによる解離症状もあります。


他のパーソナリティー障害の方がどんな症状なのかは実際に会ったことがないので分かりませんが、彼に関して言えばこの『見捨てられ不安』『二極化』『空虚感』『不安定な自己像』『癇癪』が特に顕著でした。
(症状に関しては、人それぞれに性格・性質があるようにパーソナリティー障害だから必ずこれがある、というわけでは無いようです。実際に、彼には自傷行為はありませんでした。)


これらの発症は、人格が形成される主に幼児期の間に、何らかの理由で母親から十分な愛情が与えられず、過度の心的不安、ストレスにより脳がダメージを受け、感情のコントロールが不安定であったり、衝動性を抑えられないといった精神疾患です。
ただ、この障害を〝病気〟とするか、〝障壁となる障害〟とするかは専門家の間でも意見が分かれるそうです。


その辺りは今後研究が進むことと思われますが、とにかくこの障害は親と子の愛着障害であり、それによって本人又はその家族や周りの人物が苦痛を感じたり、困った事象が発生する障害だということです。
(嬉しいや悲しいなど感情がうまく機能していない時もあるので、わたしは感情不全でもあると思っています。)


彼と関わっていて日常的にされていたことは
『試し行為』です。


例えばまだ仲が良かった頃、こちらがデートに誘いたくて「この前××へ行った。すごく良かった。」という話をしたとします。


そこですかさず彼は「自分も〜へ行ったことがある。もし行くなら案内してあげる!」と、
まるで一緒に行くことを前提のように話を進めます。
その後もそこでの楽しい思い出や見所などを話し、お互い距離が十分縮まったところでこちらが「じゃあ、今度の休み、一緒に行かない?」と話を持ちかけたとします。


そこで返ってくるのが


『いや、それは出来ない。』


という言葉です。


初めあれだけ乗せておいた話題を、なんの脈絡もなくいきなりぶった切る、ということが相当数あったことを覚えています。


あれ?さっきまでの話の流れはどうなった???とこちらは戸惑いますが、彼にはそんなことは関係ありません。


「え?なんか、行くって流れじゃなかった?」「いや、別に行きたいとも思ってないし、面倒臭いやん。」


面倒臭いって…


こちらの意図に関せず、彼は持論を展開します。(次にもっと◯◯出来たらな!など『行けたら行く。』くらい見え透いたはぐらかしも日常茶飯事です。)


「そっか。じゃまた今度ね!」


と、相手を受け入れるような発言をした日には、「おう!今度な!」など、一体どっちなのか分からない反応をされることも少なくありません。


この行為は幾度となく繰り返され、まるで何度断っても縋り付いてくるのを待っているかのような、〝主従関係〟が出来上がってしまいました。


そのようなことが毎回起こると、こちらも相手の不遜な態度にだんだん苛立ちを覚えてきます。


「前◯◯したら行くって言ってなかった?あれどうしたの?」
「俺は友達でもない奴と休みの日会ったりせえへんから、はっきり言って今後行くことはない。」


まるで今までの会話はなんだったのか。
と言うくらい別人と化すことは珍しくありません。


そして最も特徴的な反応は、こちらの感情がそのまま相手に投影され、おうむ返しのように返ってくる、ということです。


この障害の頭には『境界性』と付くことがありますが、それは他人と自己との境界が曖昧で、相手が怒っていれば自分も不愉快な気持ちになったり、自分の感情を自分で選択できない理由があります。
(例:悲しい思いをした→この悲しい気持ちが分からない相手はおかしい→相手を責める、など)
先程のようにこちらが苛立ち、多少キツイ言葉になったとすると、その×2倍くらいのキツイ言葉が返ってきます。


『お前と付き合うのは会社の上司(彼が最も毛嫌いしている女上司です。)と付き合うようなもん。』


『お前とは合わない。合わない奴とは付き合えない。』


『無視してないって言うとるやろ。お前が話しかけて来た時、俺が無視でもしたか?
一体どんな関係を望んでるわけ?』


このような類いのことを言われるのは、いつも相手の暴言を咎め、改めるよう諭す時が多いです。
少しの批判や注意ですらも過敏に反応し、
自己が折れないよう徹底的に相手を否定する脆い精神で彼は構成されているようです。


ここまで来るとわたしもこれ以上相手を受け入れることはできません。
もう関わらないことを告げると、その時だけは
「そうか、また会社でな。」


と返事が返ってきます。


翌日会社へ行ってみると、そこには絶望感に打ちひしがれ、まさに見捨てられた子犬のようにうな垂れている彼の姿が。


自分で批判されるようなこと言ったのに、なんなんだあの人…


『脆く、弱い精神』、『衝動的な感情のコントロール』、『共感性の欠如』
こういったことも、この障害を表す特徴的な事項であると思います。

有り得ないくらい突然でした。

そもそも、なぜ私がパーソナリティー障害と、

それにまつわる様々な衝撃(あまりにも未知なことが多いので。。)に出会わなければならなかったのか。

まずAについてですが、彼は会社の先輩でした。

彼を見た瞬間、すぐに『おっ』と思いました。

パーソナリティー障害に出会ったことがある方なら

容易に理解出来るかと思いますが、パーソナリティー

障害の人物は外見はとても魅力的です。

顔の形、表情もそうですが、その人本人から感じる

『人間味』のようなものが、他の人には及ばないくらい芳醇に醸し出されています。

それがパーソナリティー障害の『引き寄せる』魅力なのかもしれませんが。

それに加え、これは個人的な好みですが、彼は私が好きなプロポーションでした笑

今まで出会ったことがないくらい完璧で、

まさに理想だった笑

そんなこともあり、初見から少し気になる存在だった彼ですが、そういった人の機微を、まるでテレパシーを

感じ取るように察知出来ることも、パーソナリティー

障害の特殊能力の1つでもあります。

『人の気を引きたい』思惑に、私はどんどんハマっていきました。

幸か不幸か、彼は私の教育係になりました。

しかも席も隣w

久しぶりに学校の席替えで、好きな子と隣同士になる

喜びを感じました笑

彼は初めから『完璧な』先輩でした。

当たり前ですが、仕事は私よりも出来るように見えるし、フォローもしてくれます。

(しかもその分量も絶妙。優し過ぎず冷た過ぎず、まさにアメとムチのようです。)

「目が見え辛いから。」

という理由で、異様に接近した距離で書類を見たり、

パソコンの画面を見たり、どの人にもあるであろう

パーソナルスペースを悠々と越えてきたことも印象的でした。

こんな初対面の、しかも異性に対してある意味

〝馴れ馴れしい〟態度で接してくる男性に違和感を覚えないわけはないと思います。

しかもこっちは少しどころかかなり気になっているし。。

さらに彼には夕方頃になると隣から私をじーーっと

見つめる謎の行動がありました。

(これはいまだに時々やります。)

明らかに気を引こうとしているけど…

不可解過ぎる態度に戸惑うこともありましたが、自分の恋愛フィルターとも相重なり、彼が何を考え、何を感じているのか、とても興味が湧いてきました。

彼が意図的にそうなるよう仕向けていることも

知らずに、私達は、お互い(の、ように見せかけて)

惹かれていきました。

ある時は仕事中、商品で戸惑うことがあると小さな紙に商品名を書いたメモを筆箱の中に入れたり(いらなかったら捨てて!というメッセージ付き。)

またある時は資料を倉庫で見ている時に、わざわざ近くまで寄ってきて同じ資料を眺めたり…

初めはその行為を受けることの嬉しさと、

単純に(なんなんだこの人…)という言い様のない

違和感を感じました。

私が彼を気に入っていなければ、場合によっては誤解されてもおかしくない行動です。

それでも先輩でもあるし、正直私は嫌ではないし

(これが恋は盲目というやつです。)好きなようにやらせておけばいいか。と、特にその行動を咎めることなく接していました。

これが出会った頃から初めの1、2ヶ月の間の行動パターンです。

いわゆる自分の中での

人生最大の大フィーバー期w

今でも最も美しく、今後ないであろう強烈な体験でした。

この後、3ヶ月、数ヶ月と彼の全容が日を追うごとに

変化していきます。

お互いを知れば知るほど、関われば関わるほど、

まるで積み上げた塔が一気に崩れ落ちるように関係が

崩壊していきます。

はじめに。

はじめまして。お越し下さりありがとうございます。

 

このブログは、ひょんなことから『パーソナリティ障害』と出会い、あれこれ悩み、

戸惑い、日々考えるブログです。

 

わたし自身、心理学などまったく無知です。

(この障害と出会ってから本は何冊か読みましたが。。)

 

『不治の病』や、『関わったら最期』とかなりネガティブワードが飛び交う

パーソナリティー障害ですが、人の縁とは不思議なもので、関わりたくなくても

そうせざるを得ない状況というのが起こってしまう場合もあります。

 

それを受け入れるか抗うかは人それぞれですが、こんな出会いも何かの縁、

本当の意味で離れられるまで、その経過やそれに至るまでの心の変化などを

記録してみよう!と思い立ったのがこのブログの主旨です。

 

このブログには『A』という男性が出てきますが、彼がまさにパーソナリティー障害の

張本人です。

そして、当然と言えば当然の話しなのですが、周りにこの事を知る人は

ほとんどいません。

 

むしろ、この『A』は正式に精神科へ受診したり、『パーソナリティー障害』と

診断書を受け取ったわけでもありません。

 

そうです。

まず『A』が、本当にパーソナリティー障害なのかは誰にも分かりません。

 

ただ、これまで付き合ってきた中での言動、態度、心の変化はパーソナリティー障害

特有の特徴とかなり重なり、それを踏まえた上で彼との関わりに試してみると、

以前よりも腑に落ちたり、自分自身が納得できることが多くなった事実がありました。

 

なので、彼がパーソナリティー障害なのかどうかはっきりさせることよりも、今は

いかに彼に振り回されず、かつ自分の立場を守りながら彼と関われるかということに

重点を置き、このブログを作っていけたらと思っています。

 

本当は病院に行って欲しいんですけどね。。。

 

この世には不条理なこと、納得いかないこと、辛いこと、苦しいこと、その他

もろもろの災難が多々ありますが、そういうことも全部引っ括めて少しでも

このブログが他の人の参考になったり、何かの気付きになったりしたらいいなと

思っています。

 

というか、わたし自身どこかに自分を励ませる場面が欲しいと思ったから

なんですけどw

 

とりあえず書く日と書かない日があるので不定期となりますが、まずは気楽に

やって行こうと思います。

 

このパーソナリティー障害という障害が人を避けるものではなく、少しでも認知され、

関わった人が辛い日々を過ごすよりも『ドラマチック』と感じられるような発信が

出来たらと考えています。